「お嬢様、もうすぐ到着です。ご準備を」
「分かったわ」
目の前に置いてあったスパークリングワイン(勿論ノンアル)と軽食が下げられてすぐにポーンと音が鳴りベルト着用サインがついた。私はそれに従ってリクライニングを元に戻して、読んでいた雑誌を横の席に置いた。プライベートジェットを飛ばしてまで彼に会いに行く理由がまだ分からないまま、私は忍足から送られてきたU-17W杯のチケットを手に窓の外を眺めた。
「ほんと、何してるのかしら…」
私は彼の何者でもないのに。彼が忘れられなくて追いかけている。まるでストーカーみたい。メルボルン国際空港に着いて、ラウンジで手続きを待つ間ふと我に帰った私は、窓から飛行場を眺めた。
「お嬢様。手続きが終了致しました。いつでも、出られます。車も手配済みです」
「ねぇ、神崎」
「はい。お嬢様」
「私、ここに来るの正解だったのかしら?」
独り言のように、でも尋ねるように、視線は外に向けたまま言葉を紡いだ。
「わたくしは、ただの執事でございます。お嬢様に意見を申し上げる立場におりません。ですが、ひとつだけ言わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、聞いたのはわたくし。答えてちょうだい」
景色を見るのをやめて、神崎の方を向き直る。
「跡部景吾様と一緒にいらっしゃる時のお嬢様は誰が見てもとても幸せそうに見受けられたかと、勿論跡部景吾様も」
右手を左胸にあてて、完璧なお辞儀の神崎。
「跡部くんも…?」
「はい。お嬢様はご存知なかったかもしれませんが、跡部景吾様は、社交ダンスクラブの帰りに降りられた後、私どもの車が曲がり角を曲がるまで門の前で見送っていらっしゃるんですよ」
あの跡部君が?…それは期待をしてもいいのだろうか?
他の人とは違う。彼のトクベツの中に私も入れてもらえるのだろうか?
「…神崎。会場へ急ぐわ」
「御意に」
◇
会場に着く、すでにスタンドは熱気に溢れていた。チケットに書かれてる番号と照らし合わせながら、スタジアムを歩く。みんなはいるのだろうか?何人かはメンバーに選ばれたと聞いていたけれど本線に出られるのは限られた人間しかいない。
スタンドへ繋がる階段を上がっていくと、氷帝の制服を着たテニス部部員たちを見つけて声をかける。
「がっくん!跡部君の試合は??」
「…ナマエ??」
「ミョウジ先輩…?どうしてここに?」
「え、ナマエちゃんじゃん!きてくれてうれC〜」
わらわらとテニス部のメンバーが私の存在に気がつき周りを囲まれる。
「囲まないでくれる?捕らわれた宇宙人みたいな気持ちになるでしょ」
「身長低いの気にしてるの〜?」
「うるっさい!てか、がっくんだけには言われたくないんだけど」
幼稚舎から一緒の岳人や亮がいてくれたおかげで少しだけ不安な気持ちが和らぐ。
「跡部さんの試合は次ですよ。ナマエさん」
私の浮いたままの質問に答えてくれたのは長太郎で、ありがとうと返事をすると満足そうに「はいっ!」と笑った。
跡部の名前が呼ばれて、相手選手の名前も呼ばれる。
跡部がコート上に現れると、樺地君が大きく息を吸って氷帝!と叫ぶ。それに続くように亮も岳人も、ジローもみんな全員で力いっぱい。異国の地で鳴り響く氷帝コール。他国の人たちは急になんだとビックリしているようだ。
きっとコレが跡部君にとってラストの”氷帝コール”になるかもしれないふとそんなことを思った。
氷帝コールに跡部は辺りを見渡し、そして確実に私たちを捉えてた。
「…跡部君。頑張れ」
その声はきっと、他の声援に紛れて彼には聞こえない。
聞こえなくてもいい。ううん、聞こえないほうがいい。
ふわりと身体が浮遊する感覚がして、私を持ち上げて肩らへんに担いでいる長太郎の顔が見えた。
「ちょ、、長太郎!!」
「ナマエさん。そんなんじゃ、届くものも届かないですよ」
「そうだよ、ナマエ。何のためにこんな所まできたのさ?」
「跡部に伝えなきゃ」
みんなの視線が私に集まって、私はこくりと頷いた。
すぅーと大きく息を吸って、言葉にする。
「勝つのはーーーーーーー跡部!!!」
あんなに遠くのコートから、跡部君と目線が合った…と思う。長太郎が嬉しそうにほら、跡部さんこっち見ましたよ!と笑うから、そうだといいねと返事をして降ろしてもらう。
「しかし、流石ナマエだよな。突然持ち上げられてもバランスくずさねぇなんて」
「まぁ、リフトは慣れてるからね」
「所でチケットは跡部からもらったのか?」
亮からそう問いかけられて首を横に振る。
「ううん。忍足から送られてきたんだよね」
手に持っていたチケットをジローが覗き込んでジッと見つめていて、不思議に思った私がどうしたのって聞くと真剣な顔で私の目を見た。
「ねぇ、ナマエ。コレ関係者扱いになってる…裏に入れるよ」
「…え?」
「なんか首からぶら下げるやつもらわなかった?」
そう言われて、あっと思い出す。カバンに入れたソレを出す。
「試合。終わったら行きなよ。」
「でも…跡部君の邪魔になるし」
「邪魔かどうかは、跡部が決めることだろ?」
そう岳人に言われて、こくりと頷く。
「ナマエ先輩。今は、試合に集中しましょう」
「そうだね。若…ありがとう」
私の意識を試合に戻してくれた若にお礼を言って、跡部君の試合の行く末を見守った。
◇
試合が終わって気がついたら私はすぐに駆け出していた。入る場所も分かっていないのに、でも今すぐに跡部君に会いたくて。ただその気持ちだけで足を動かした。
関係者入口はすぐに見つかった。息を整えて、乱れた髪を手櫛で直す。勢いでここまで来てしまったけれど良かったのだろうか?
ひとりで悶々と考えていると「なんや、えらい百面相しとるやないかい」関係者入口から出てきた忍足に声をかけられる。
「せっかく、跡部のコネつこおて関係者パスにしたんやさかいに、はいらなそんやで」
「…やっぱり。忍足これ、わざとだったんだね?」
「ゆーても自分、お嬢様なこと忘れてるやろ?これくらいのレベルは当たり前やろ?」
はぁーとため息をついて首を横に振る。口を開こうとしたその時に、「おい」と少し怒ったような声が響く。
忍足君に隠れて見えなかったが、その声を私が聞き間違えることなんてしない。
「なんや、跡部。思ってたより早かったなぁ」
忍足はポケットに手を入れたまま、わざと私の姿を隠すように振り返った。
「忍足。俺様のパートナーに手を出すとはいい度胸だな」
「ハハ、パートナーは解消したんとちゃうの?」
跡部君が一歩ずつこちらに近づいてきてるのが、忍足の身体から見え隠れする。グィと強く手首を掴まれて、跡部君は忍足の後ろから私を引きずり出した。
「はは、久しぶりだね。跡部君…忍足からチケットもらってね。ちょうどこっちで見たい展示がやってたからついでにと思って…迷惑でしたよね?」
私の質問には答えてもらえずに、黙って私の手を握って歩き出した跡部君に私は着いて行くしかなくて、一応助けを求めるために忍足の方を振り返ったけど、忍足はニコニコ笑って手を振った。
「あんま、遅くならんといてやー!みんなに誤魔化しきれへんからな」
その問いかけにも跡部君は答えずに、関係者入口に戻って行く。念の為に首から下げておいたパスのおかげか私たちは止められることなく中に入ることができた。
暫く黙って長い廊下を歩いて、とあるドアの前で止まると当たり前のようにその扉を開けて私を押し込んで扉をしめた。
「あ、あとべ君?怒ってる?…よね、ごめん。もう来ないから、安心して…」
急に身体を引き寄せられる。そして、私の身体は跡部君の中にすっぽりと収まった。
「俺様以外のやつにリフトされんなよ」
「へ?あれはリフトというか…担がれただけで、それに長太郎ですし」
「景吾だ」
「ん?」
「俺様の名前は景吾だ」
「え、うん。貴方は跡部景吾さんですよ?」
「名前で呼べ。あとその丁寧語はヤメロ」
そこで私はやっと、様子がおかしい事に気がついて跡部君から離れるために腕を押し返したが、もちろんびくともしない。
「ねぇ、跡部君。意味がわからないよ?」
「パートナーの解消を一方的にしたのは悪かった。けどお前が…ナマエは、本気でやりてぇんじゃねーのかと思ったんだ。」
「私のことを考えてくれてたってこと?」
あぁと短くされた返事に、唇を噛んだ。
「私は、跡部君と以外もう踊りたくない。それは本音…だけど、優雅に舞う姿を見てほしいとも思ってる。」
「お前はいつも、俺様から一歩引いて話をしてた。それが気に入らなかった。お前とワルツを踊ってるときだけが、俺様のそばにすぐ横にいてくれた。だからずっとパートナーで入られたらと思っていた。だがお前の夢を潰してまで俺様の横にいて欲しいわけじゃねぇ」
背中に回された手の力がスッと抜けたのを感じて、私はもう一度腕を押して、跡部君と距離を取り彼の顔を見つめた。
「跡部君にはテニスがある。後継のことだってある。全てを手に入れることは難しいよ…でも。跡部君ががいいなら、私はこれから先も一番そばにいるよ。…景吾が手を離さない限り」
いつも跡部君が差し出してたように手を差し出すとそっと手を重ねて私を引き寄せた。まるでワルツを踊るようにそこでターンをして、それから私の身体を持ち上げた。
「最初に言っただろ?俺様がお前を一番にしてやるって」
「何それ、全然伝わってないよ。私だけが一方的に好きだと思ってたし」
「だろうな。ずっと俺様に対してお嬢様言葉だったしな…あいつらが羨ましかったぜ」
少し拗ねたように言う跡部君に、中学生らしさを垣間見て私はクスクスと笑った。
「景吾はいつも完璧だから、釣り合う私でいたかったんだと思うわ」
そう言うと、私をそっと床に下ろした。
「アーン。俺様が選んでんだ。取り繕う必要なんてねぇよ…黙ってそばに居ろ」
そっと、頬を指で撫でた跡部君はそのままスッと滑らせて顎に手を添えて、そのまま頬にリップ音を立ててキスを落とした。
ーいつかワルツの続きを
(大人になったらまた一緒に踊りましょう)
→おしまい
同級生×中学3年生跡部
時期はU-17W杯(スペイン戦。跡部vsロミオ)
※氷帝メンバー友情出演(口調不安定)
以下ただの感想文
社交ダンスについて調べてて映像見てたらこれを何でもないように踊ってしまう跡部様はやっぱりイケメンすぎるって思いました。中学生ぽさを出したいのに、色気ムンムンの跡部様には高貴で美しくあって欲しい…夢主ちゃんだって跡部様に似合うちょっと大人びた子でいたいと思って努力してて欲しい(願望)
あと、プライベートジェットについて調べてるときに跡部財閥すごいなぁって改めて思いました。
あ、メルボルン国際空港はプライベートジェット機リアルに着陸可能です!(なんの話??笑)
