ラストワルツは突然に

 とある放課後、跡部君に話があるから教室で待ってて欲しいと言われ大人しく待っているとガラッと扉を開けて入ってきた彼にお疲れ様と声をかける前に彼は言葉を発した。

「パートナーを解消したい」
それから彼は私に深々と頭を下げた。あの跡部景吾がだ。私はその行動に驚きすぎて、返事をすることも出来ずにただその場から逃げた。私はただその願いにyesと答えるだけで良かったのに、頭で分かっていても私の夢が終わってしまうんだとそう思ったら身体が条件反射で動いてしまったんだ。もうダンスは貴方以外と踊る気になれなかったから。彼が本気でやってるのは違う競技だということは最初から分かっていた。社交ダンスはお遊びとまでは言わないだろうけど、全てはテニスのため。彼の世界の中心にはいつもテニスと永遠のライバルであろう青学の部長が居た。

一度だけ、彼のテニスを見に行ったことがある。関東大会での青学部長との戦いで見せていた表情に私は気がついてしまったんだ。彼の一番はテニス。私は何をどう頑張ったって彼の一番にはなれないのだろうと。鳴り響く氷帝コールを聴きながらそう思った。

 社交ダンスのトップ選手になりたかったわけではなかった。良くある話、ダンスは教養のひとつで、跡部財閥ほど大きくはないけれど、家柄は一応お嬢さまという括りの中に入ってしまうそんな人間。リズム感が本当になくて、親が流石にまずいと入れられた社交ダンスクラブに時々顔を見せていたのが跡部啓吾くんだった。彼のことは一方的に知ってる。氷帝に通ってる人間で彼のことを知らない人はまず居ないだろう。「このクラブで一番下手くそなのがお前ってほんと?」
「そう、だと思います」
「ふっ、おもしれーじゃねーの?俺様がお前を一番にしてやるよ」
そう言って私に手を差し、優艶な微笑みを添えて流暢な英語で囁きかけられる。


「Shall we dance?」
「・・・Yes」
その手を取った私に彼はとても満足そうに今度こそ年相応の笑顔を見せた。彼との運命が交わった瞬間だった。キングの気まぐれだったのかもしれない。それでも、彼のおかげで踊れるようになり、楽しいと思えるようになった。
 社交ダンスは基本的にスタンダードとラテンの二つに分けられその中でも再分化される。スタンダードというのが映画で貴族の人たちが踊ってるあのイメージが近いと思う。最初に両腕を組んだら最後、曲が終わるまで決して手を離さずに踊り切る。相手の呼吸、繋がれた手と手、お互いが全てを信用して任せることが出来るからこそ成り立つ。


ーワルツに始まり、ワルツに終わるー
よく社交ダンス界の中で言われる有名な言葉だ。
「最後のお願いくらいは聞いてくれるかな?」
そう呟いた私の言葉に、「何でも、聞いてやる」と私を見つけた跡部君が答えた。校舎の屋上は下校後ということあり、人はいない。
ベンチに座っている私の目の前にやってきて、彼は跪いて目線を私に合わせた。

「何が望みだ?」
「Shall we dance?」
「YES」
そう返事をした彼はあの時と同じように私に手を差し出した。その手に手を重ねて私はベンチから立ち上がる。
「ミュージックはなくてもいいのか?」
彼なら、指パッチんで音楽を奏でさせることなんて容易なことだろう。
「跡部くん。私とパートナーになって3年だよ。音が無くたって踊れるよ…なんたってキング直々の指導だったんだから」
映画の中の貴族のように、優雅にお辞儀をして微笑んだ。
「流石、俺様が見込んだ女だぜ。いつものワルツでいいのか?」
「えぇ、曲はそうね…初めてデモストレーションで一緒に踊ったあの曲にしましょう」

 彼が私に左手を差し出し、私は右手で手を取ると彼は私を引き寄せて自分の方へ招き入れると左手を背中に添える。それから私が彼の肩に手を置いた。こびりついて離れないくらい聴き込んだ貴方の好きなシェークスピアの戯曲のひとつ


きっと、私は貴方に恋をしてた。けどこの想いは伝えないよ。貴方と踊ったあの時間は私だけの大切な思い出だから。

ーラストワルツは突然に
(ロミオとジュリエット)

いつかワルツの続きを

作者による蛇足

同級生(ネームレス)×中学3年生跡部
時期はU-17合宿召集前
特技である社交ダンスからインスピレーション